「お前赤也に告白されたんだって?」
「あら、一体誰から聞いたの?」
「自分から言ってきやがった」
隣でガムを膨らませながら丸井は言う。
「何か負けた気がしてムカつく。
俺まだ言えてねえのにさ」
私は丸井も頑張らないとねと言いながら、丸井に笑顔を向けた。
きっと赤也君がここにいたら、また怒られてしまうかな。
≪笑顔の仮面≫
私は毎朝丸井を待つ。
早朝練習に来る丸井に間に合うように早めに家を出て
このベンチに座って小説を読んでいる。
私から話すことはないけれど、丸井はよく話しかけてくれる。
そんな日々に突然入ってきて、そして馴染んだのが切原赤也君だった。
バスの中で寝ていた彼を起こしただけなのに
彼は私を見かけては声をかけてくれるようになった。
毎朝丸井を待つ時間は、いつの間にか赤也君を待つ時間にもなっていた。
「そういえばお前断ったんだろぃ?
何であいつ今でもお前と話せるんだよ」
「それが赤也君のすごいところよね」
「あー、かもな。俺はあいつにフラれるとか考えるだけで頭痛ぇ」
「ふふ、それは重症ね」
丸井が他の子の話をしても私は笑って流せる。
赤也君は変だと言う。何で失恋してんのに笑えんのって、怒ったような顔をする。
だけど、丸井は好きな子のことを考える時すごくかっこいいんだよ。
私はそれが見れるだけで充分だわ。
それが私に向けられなかったとしても
こうして近くで見れるのは幸せだもの。
「でも、彼女は丸井のこと気に入ってるじゃない。きっとあと一押しよ」
「そうかぁ?」
「そうよ。大丈夫よ」
「…おぉ、そっか!」
丸井が嬉しそうに笑う。
ほら、こうして笑ってくれる。私に気付いてくれている。
それだけで充分。
二人で話す時間は緩やかとはいえ過ぎていく。
朝練の始まる時間までには行かないと、丸井が怒られてしまう。
「そろそろ危ないんじゃない?」
「ん、そうだな」
よしと気合いを入れて丸井が立ち上がる。
隣に置いていたテニス鞄を持つと、私を見下ろして微笑んだ。
「お前と話すと本当自信がつくわ」
「あら、そう?」
それを見上げて私も微笑む。
丸井の力になれているのなら、私はそれでいいわ。
気付いてもらえているだけで、身近にいられるだけで
私は満足できているの。
「多分お前の大人っぽさのせいじゃねえかな」
「そんなことないわよ。まだまだ子供よ」
「充分大人っぽいっつーの。それにお前すげー美人じゃん。
お前に好きな奴いるなら、いっそ告白してみれば?
お前の彼氏になれるなら喜んで受け入れてくれると思うぜ!」
それは、少し傷つく言葉だった。
目の前にいる想い人は他の子に一直線で、きっと私の告白では喜びなんてしない。
赤也君も丸井も、美人だなんて言ってくれるけれど
私はその言葉に全く魅力を感じない。
自分では美人だなんて思っていないし
何より、その言葉を言われたからといって
誰かが振り向いてくれるわけではないのだから。
「ありがとう。私も頑張ってみるわね」
それでも笑って返事をした。
言ったところでどうなるわけでもない。
言わずに悲しい顔なんて、結局言っているのと変わらない。
何かを隠すのは、笑顔が一番なのだ。
「んじゃ、俺行くから」
立ち去る丸井に小さく手を振る。
今日は赤也君来てくれないな、なんて思ってた。
元気がない時に赤也君と話すと、元気になれる。
赤也君が私に優しくするからだろうか。
私って調子のいい女だね。
断っておきながら話がしたいなんて。
今でも毎日来てくれる赤也君に、甘えてしまっているのかもしれない。
学校が始まるギリギリまで待ってみたけれど
結局赤也君は来なくて
何だか少しだけ、寂しかった。
その日の夜、寝る前に丸井からメールが来た。
告白をして成功したのだと書かれていた。
私のおかげだと言っていた。
嬉しかった。
なのに涙が出た。
私を見てくれなくてもいいと思ってたのに
話せるだけで充分だと思っていたのに
私は幸せなんだと、思っていたのに
どうして、どうして私を見てくれないの
私を美しいと言うのなら
その心ごと私に見惚れてしまえばいい
崩れ始めた心から、留めていた感情が溢れだして洪水になる。
無責任な誉め言葉などいらない。
ただ、あなたに見てほしかった。
次々と飛び出してくる自分も知らない胸懐は塞き止めることなどできなくて
親にも気付かれることのないように静かに、静かに泣くしかなかった。
次の日、またいつもと同じように家を出る。
丸井はもう他人の物だけれど、だからといって行かない理由にならない。
突然行かなくなってしまえば、何かに気付かれてしまうし
何より私は丸井と話すためだけに行っていたわけではないのだから。
「あれ…」
毎日ある時間より早く着くように家を出ていた。
今日だって遅刻せずに乗った。
そうすれば私の座るベンチには誰もいなくて、そこを私は一人占めできた。
なのに、今日は珍しく先客がいる。
「赤也君?」
「あぁ、おはよっす」
声をかけると眠そうに返事をする赤也君。
ベンチに座ったまま半分程眠っていたのか目をこすったり伸びをしている。
「あんた、本当早いんすね。ここまで早く来る必要あるか?」
「あまり遅いと他の人に座られちゃう時があるの」
「そんなにこのベンチ人気あるのかよ」
わかんねーなんて言いながらまたあくびをする赤也君。
そんなに眠くなりながら、どうしてここにいるのだろうなんて
少し考えればわかることで。
「丸井のこと?」
「…そうっすよ。意外と元気そうでびっくりした」
「だってもともとフラれることわかってたじゃない」
隣に座り、いつもの小説は出さずに赤也君を見る。
また不満そうな顔をしている。
あの日の告白から、赤也君は私がただ笑うだけでいると怒るようになった。
「何で笑ってんの?」って。
それは何に対しての怒りなのか、私には少しわからないことだったけれど
何かを言わないと赤也君は納得しないのだろうと思って口を開いた。
「誰かに心配かけるわけには、いかないでしょ」
あまり他人に言ったことがない台詞だった。
どうして今言ってしまったのかわからない。
他の言い訳だってあったはずなのに、どうして本当のことを言ってしまったのろう。
笑顔で不安を隠しているなんて口に出せば
それは結局不安を伝えているのと同じだから。
そうなってしまうと笑う度に無理をしているなんて、結局心配させてしまうから。
私の不安は、私の中だけにあればいい。
だから決して言わなかったのに、何故か口から出てしまった。
言わないままでいれば不安を相手に共有させずに済んだ。
私は不安も嫌悪も悲しみも感じていなくて、ただ笑っている女で済んだ。
なのに言ってしまった。
その一言だけで、世界に放出された気がした。
そしたら、止まらなくなった。
赤也君が驚いていた。
涙が止まらなくて
どんなにどんなに抑えようとしても
私の目から零れて、溢れて、治まらなかった。
今まで閉じ込めていた感情を
誰にも見せたくなかった感情を
全部全部赤也君にぶつけたくなったんだ。
「せ、先輩!?もしかして俺、言い方悪かったっすか!?」
「ごめん、違うの。本当、ごめんね」
赤也君が慌てて、私の周りで手を彷徨わせる。
どうしていいかわからなかった。
甘え方なんてわからなくて、どうぶつけたらいいかわからなくて
結局必死に謝るだけ。
曝け出てしまったものはもう、戻すことはできないのに
中途半端に溢れ出た感情を止めようとする。
本当ならばきっと、素直に認めてしまった方がいいのに
悲しいと、苦しいと言葉を出せばいいのに
それが一番、赤也君を安心させられるのに。
「何で、何でそれでも笑おうとするんだよ」
「だって、だって」
笑わないと、私じゃないから。
赤也君に幻滅されただろうか。
そう考えるとひどく悲しかった。
赤也君は辛そうな顔をしていて、私はどうしたらいいのかわからなくて。
せめて顔を隠そうと手で覆ったら、ぎゅっと抱きしめられた。
「赤也君…?」
「アンタは、笑ってるよ」
見ないでいてくれようとしてるのがわかった。
不器用な優しさが、嬉しくて、少しだけ痛かった。
「ありがとう」
丸井が告白に成功したと聞いた時本当に嬉しかったよ。
私を頼ってくれるだけで充分幸せだったよ。
傍にいれるだけでよかったんだよ。
全部本当なのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。
泣いたところで叶わないのに。
泣いたところで何も生まれないのに。
泣いてしまえば相手を傷つけるだけなのに。
だけど、赤也君は言ってくれる。
「俺今幸せっすよ。あんたが俺の胸で『微笑って』んだから」
俺のことは気にすんなって、赤也君が言う。
あんたは気にしすぎなんだって、赤也君が言う。
迷惑かけてごめんね。
どうかもう少しだけ、君の中で『微笑って』いてもいいかな――

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