「昨日は菓子作って来てくれてさー」

そう言って笑う丸井に胸が痛む。
でも私は知らないふり。
わかっているから。
君と話すためには、あってはならない感情だと

わかっているから。










≪本当の秘め事≫












「よかったじゃん」
「しかも俺が前に食べたいって言ってた菓子作って来てくれたんだぜ!」

とっても嬉しそうに笑って、想い人の話をする丸井。
こうして毎日私の所に来ては、惚気話をしていく。
前はテニス部の話とか、弟の話とかしてくれたのに
好きな人ができてからはいつも、いつも、その人の話ばっかり。

「超うまかった!」

だったら今すぐその子の所に行って話せばいいのになんて思いながら
よかったねーなんて同じ言葉を繰り返して。
この前は嫌われたかもなんてショック受けた顔してたくせに
何かある度に感情の変化を与えるなんて、恋というのはすごいものだ。

「それって丸井のために作って来たの?」
「そう言ってた」
「へー」

「いいだろぃ」なんてにこにこ笑って。
こっちからしたらよくないよなんて考えて小さくため息。
そもそもこの場所は私が一人で絵を描くために先生に許可を取った場所なのに
いつからか丸井が勝手にこの教室に入って来て喋るようになって。
気付けばそれが日常になっていて。
今更出て行けとも言えず、結局話を聞き続けて。
私のことはお構いなしの丸井。
なんて勝手な男だろう。

「あー、明日も話せっかなぁ…」

それは私がいつも思っていた感情で。

「誰か好きな奴とかいんのかなぁ」

それは私がいつも聞きたかった感情で。

「どっか遊び誘ったりしても変に思われねえかな」

それは私がいつも悩んでいた感情で。
いつもいつも待ちわびていたこの時間が
最近は全然楽しくなくて仕方なくて。

「聞いてんのか?」

急にボードの前に現れた丸井に驚いて「わぁ!」と声をあげる。
人が話してんのにと頬を膨らませているけれど
こっちからすればそっちが勝手に話しているだけの状態なのだが。

「ごめん、絵描くのに集中してた」
「いや筆止まってたし」
「どう描こうかって考えてたってこと」

一生懸命言い訳をして再びボードに目を戻す。
薄く何度も鉛筆で描かれた線。
全く形にならないそれに、ため息。

「そういえば今度は何描くんだ?」
「…何か、季節感のあるものを」
「アバウトすぎるだろ!」

そうやって、いつものように話してくれればいいのに。
その口から、あの子の名前なんてもう聞きたくない。
でもそんなこと思ったって仕方ない。
私はどうしてこんなにも、こいつのことをなんて考えて
結局何も答えは出なくて
迷った線ばかりの絵は形にならなくて
そのまま何日も同じように過ごしていって。


そんなある日の放課後、教室に来たのは別の男で。


「お前さん、アホじゃろ」
「……どなたさまでしたっけ」

そう言うと仁王が「何だって?」と笑いながら近寄って来たのでとりあえず謝っておく。
去年同じクラスで、散々いじめられた上に、大嫌いだと言われた記憶がある。
クラスが離れた途端にそれは静まってこちらとしては嬉しい限りだったのに。
何故今ここにいる。

「丸井、くっついたらしいぞ」
「は…?」
「告白して、OKもらったってクラスで大騒ぎしとった」

窓から外を眺めながら言う仁王。
私は、何も言えなくて、何も思えなくて。

「何でそれ私に言うわけ?」

少しだけ声が震えて、でも隠すように笑って。
ただボードに線を描き込んで。

「泣かんのか」

こちらを見ずにそんなこと言って、泣けばいいと私の心を揺さぶって。

「どうして泣かなきゃいけないのよ」

そろそろ丸井が来るだろう時間。
もしかしたら、もう来ないかもしれないけれど。
それでも、もし泣いている時に来てしまったら
理由を話すなんてできないから
私は泣くわけになんていかなくて。

「泣けば、丸井に言う理由になる」
「言いたくないから…!」

咄嗟に出た言葉。
まるで知っているような仁王にむかついて仁王を睨んでも
仁王はこっちなんて振り向かない。
私を見ないで、窓から離れて。

「さっさと言ってきっぱりふられてぼろぼろになればええのにのう」
「何で、そんなことっ…」
「俺はお前さんが傷ついてる所が見たいだけじゃ」

「本当に大嫌いだからな」と笑いながら最低な台詞を吐き捨てて そのまま教室から出て行く仁王。
入口ではち合わせた丸井が怪訝な様子で、出て行く仁王の背中を見ていて。

「何だ?あいつ」
「知らないわよ」
「何怒ってんだよお前」
「怒ってない。そういえば付き合えたんだってね」

また隠すようにおめでとうと言ったのに
仁王の言葉が頭から離れなくて
笑ってるのに

涙だけが零れて。

「おい、どうしたんだよ」

本当は、言いたい。
いっそふられてしまいたい。
私をふって、もう二度と来なくなればいい。
そう思ってるのに、言葉になんてできなくて。

「……仁王のせいだよ」

私は君の幸せを祝う友達の女の子でいい。
それが君の願いだから。
わかってるから。

涙よ、止まれ。






槍水仙(イキシア)の花ことば。
本当に何もかも隠してる人は、一体誰か。